今、多くの⼈のスピリチュアルの学びは、動機・⽬的意識をより純粋に明確にしていかないと、これ以上は進めないところまで来ています。「盲⽬的に信じて成⻑する」時期は卒業するときが、⼈類にやってきています。信じることで学び、気づき成⻑した段階は、必然的に⼈類にとって通るべき道のりでありました。スピリチュアルに⽬覚めてきた⼈が多くなってきているこの流れも、宇宙的な流れの⼀部であり、各々が⾃分という「個」を通じて体験した「宇宙全体のプログラム」なのです。
これからは⼀⼈ひとりが、個性ある曼荼羅世界を創造し、⾃分の曼荼羅世界の輪の中⼼にいてマスターになれる時代です。「信じる者」から「覚醒した者」への変容の時代です。
その各々の曼荼羅は、まるで幾何学模様のように繋がっていき、弥勒の世を創造していけるようになると考えます。
⼀⼈ひとりが⼤いなる宇宙から恵みを受けとりながら、⼀⼈ひとりが覚醒の道を⾏き、⾃分を表現していく時代が来ています。それは、⾃分⾃⾝がまるで曼荼羅の中にいる仏のように、⾃分の神聖さと深くつながり、⾃分以外の誰もグルとせず、内なる神、内在神を⾃分のマスターにする、唯識が説く「⼀⼈⼀宇宙時代」の到来です。そのために、意識の拡⼤をし、まるで須弥⼭(※参照)から⾃⾝の曼荼羅をみおろしながら、⾃らの神聖なる曼荼羅を創造できる⼒を養う場を提供していきたいという思いから、 2019年「須弥塾」を創⽴いたしました。
「須弥塾」は、⼀⼈ひとりが⾃分⾃⾝の魂の本質に⽬覚めるための体系的なスピリチュアルカリキュラムをもった「学問」の場です。知識をただ⼊れていく「学習」の場ではなく、⾃ら問いながら、答を探究していく「学問」の場です。ゆえに、個⼈が霊的に成⻑し、覚醒に⾄るためのプロセスとして、「これが唯⼀である」「これが正しい」「これが真実である」「こうでなければならない」という概念も持ち合わせません。
私たちの⼼と体は、確かな⽬的を持って与えられていますが、⼗分に⽬的を果たされず迷う⽅も少なくはありません。世の中には、スピリチュアルな教えを聞く、本を読む、セミナーに参加したりし、答えを探し歩いている⼈は多いです。しかし、「頭ではわかったつもりだけど、わからない」と⼝にする⼈は多くいます。それはなぜでしょう?
それは、⼼と体が、智慧を聞く道具となっていないからです。私たちに与えられている⼼と体の明確な⽬的は何かを知ること、⾃覚すること、これを知らずして覚醒の道を歩み続けることはできません。覚醒の道を歩むには、⼦供のような無邪気な素直さを取り戻さなければならないのです。
緊張を解き放つためには、まず緊張している体をリラックスさせることが重要です。⼼と体から緊張を取り除くことで、⾃らを探求するための⼿段としての⼼と体が活⽤されていきます。⾃らの求めるものが何かを明確にすることが肝要です。霊性の探求に乗り出す際には、⾃分が本当に追い求めているものを把握しておかなければ、迷いや苦悩に囚われることになります。

「須弥塾」では、世界各地の叡智やスピリチュアルな概念を学び、順序⽴てて体系的に理解します。知識だけでなく、ワークショップや合宿型リトリートを通じて体験を重ね、⽇常⽣活に学びを取り⼊れて実践します。このプログラムは、⽇常⽣活で実現可能な形でスピリチュアルな考え⽅や体験を⾁体化し、⾃⼰成⻑の機会を提供します。
全ての過程で、受動的な態度ではなく、能動的な態度で積極的に参加することが求められます。個⼈が⽇常的な実践と深い考察を⾏うことに焦点を当てたプログラムに参加する際、霊的な成⻑のプロセスを経験することになります。この過程を通じて、これまで気づかないうちに⾝につけていた否定的なパターンや葛藤が解消されることで、⾃⼰の成⻑を実感します。また、固執してきた価値観を⼿放す神秘的な体験があり、新たな視点や世界観を得ることができます。この体験により、真実の現実や視点への⾒え⽅が変わり、内⾯と外界の関係が変容します。
「須弥塾」は、スピリチュアルな学びだけでなく、アカシックレコードリ ーディング、⼼理学、トランスパーソナル⼼理学、⼼理療法、催眠療法、宗教学、哲学、神学、仏教学、物理学、量⼦⼒学、唯識学、進化論、ヨガ、気功、瞑想、様々なセラピー、ボディーワークが統合されたプログラムです。全てのプログラムは補完関係にありますので、興味があるクラスやコ ースから受講しても問題ありません。
我々は宇宙の⼀部であり、その調和的な理を内在する⼀つの部分です。ホリスティックな視点から考えることで、⾃⼰と宇宙の関係を探求します。それは単なる概念ではなく、真理を体験を通じて⾒出していきます。⾃分の内にあるハイヤーセルフやマスターとの出会いを通じて、究極の真理を発⾒していく過程です。
「須弥塾」での学びは、「関係性」から様々な気づきや変化が訪れるでしょう。⾃らに浮かぶ疑問や出来事の意味を理解する際、⼊り組んだ⼈間関係や状況を解明することが可能です。これを⼀⼈で⾏うのではなく、⼀緒に成⻑を⽬指す仲間と共に体験することで、⾃⼰と他者、出来事に対し許しと癒しのプロセスを経験していきます。様々なプログラムを通じて、この道を歩んでいくことができます。
「須弥塾」は、⾃⼰の尊さに気づき、存在を肯定することを⽬指します。⾃分を愛し、⾃我に縛られない⾃由を感じ、⼈⽣の選択を実感します。
志を同じくする仲間との時間は尊い財産です。真摯に取り組むことで、⾃⼰認識を深め、⾃⼰実現への扉を開けます。「須弥塾」が、あなたの思い描く曼荼羅の創造と実現に必要な資源となり、⼒となれることを願っています。
須弥⼭(サンスクリット:SUMERU)は、バラモン教、仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教に共通した概念で、神聖なる⼭として古代インドの宇宙観に登場します。太陽や⽉のある世界で、須弥⼭が中⼼にそびえ、神々が住むとされています。須弥⼭を取り囲む9つの⼭、8つの海、4つの⼤陸などが存在し、幾つかの天界と合わせて⼀つの世界を成すと考えられます。仏教では常識の⼀つの世界観ではなく、三千世界という膨⼤な宇宙を想定しています。
⼀般的な感覚で1つだけの世界だと思われているが、仏教では多くの世界が存在すると説かれています。曼荼羅は、仏教密教の宇宙観を具現化したもので、須弥⼭やそれを取り巻く神々の住まう宮殿を表現しています。
それは〔対象を言葉の世界に〕引き寄せて知らしめるものであり、中道である。
-龍樹『中論』第24章第18偈
(注訳:⾃我という境⽬なく、観⾃在に物事を空観し、あらゆる錯覚を錯覚であると気づくことは、無の中に有(縁起)を⾒出すことになり。それによって煩悩の根源に巣くう概念化という⼼のはたらきから解放される。)
「Sunyata Space」は、何物の枠に嵌まらないオリジナルプログラムを誰もが提⽰できる場です。
Sunyata は、梵語で Sunya(ゼロ 空)、Sunyata とは(空なること 空性)と訳されます。
実体を持たない絶対的存在を意味し、仏教では「空性」として知られています。⿓樹の⽰した空論をもとに、「空(ゼロ)中から有を⾒出す」という意図を重視し、須弥塾が⺟体運営するプラットフォームを、2023年「Sunyata Space」を開設しました。
「Sunyata Space」は、地球上のあらゆる⽣物のマインドフルネスを促進する総合的な学びの場です。 時間や場所に縛られず、時空を超えて広がります。
インターネットのグローバル化が進む中、意識は個別から共有へと移⾏しました。 従来分類されていたものが混ざり合い、境界がなくなろうとしています。
これまでの学びは特定の領域に焦点を当て、外部に適応する能⼒を重視していましたが、今は新たなアプローチが求められています。
「Sunyata Space」は、⼈間の存在の本質を探求し、⼈⽣全般に役⽴つ知識を提供することを⽬的とし、社会全体に貢献できる⼈材を育成するプログラムです。
スピリチュアルワーク、ヨガ、瞑想、⾷事、暮らし、環境など幅広い分野をカバーし、専⾨知識の共有を通じて他者や地球に良い影響を与える場として機能します。個⼈の成⻑だけでなく、社会的な価値観や環境への意識向上にも貢献することを⽬指しています。
「Sunyata Space」というオンラインプラットフォームは、誰もが⾃分の希望するタイミングやライフスタイルに合わせて学びを実践できる場を提供しています。
ここでは、皆が先⽣であり⽣徒であり、お互いに協⼒し合いながら最⾼の成果を⽬指すオープンな場です。コンセプトに共感し、⼀緒に成⻑し合う仲間たちとともに、新たな展開を切り拓いていく Sunyata Space で、クラスを開催したい⽅は以下の利⽤規約をご笑覧の上、お問い合わせください。
⼀緒に歩んでゆけることを⼼から願っています。